読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

WORDS

-それ以外に抽象しようのない-

「理解」について(暫定)

 これから「理解」について記すことは,少なくとも現段階で科学的ではない。あくまで生活の中で自分自身についての内省から得た気づきを言語化したものである。また仮に,「理解」の科学的な理解を試みたいにしても,どの物質あるいはどの身体(主に脳(神経))部位に着目し,それらの振る舞いをいかに定量的に記述するのが適切であるかも自分には分からない。さらには,自分の言葉遣いというのは,どうやら他者と意思疎通を図るには,少しずつ「ずれて」きていたようでもある。

 そういうわけで,以下のことがらを記すのが怖いわけだけれども,それでも自分は以下のことについて書きたいと思う。その理由の1つは「それについて考え,述べるときに自分は幾らかの満足を得るから」というものである。また別の理由は「どうも自分には人生の希望も見えないし,なんとなく先も長くないように思うから,自分の収集した貴石を陳列・保管したい」というものである。それから最後に「これらについて考えることは好きだけれども,一方でこれらについて考えることは『くだらないこと』であるという気持ちもある」という事情もある。後から思い出せるようにこれらについて記録し,保存を可能にしたなら,別のことがらについて考えることが許されると思うのだ。

 

続きを読む

宮澤賢治『春と修羅』序文(メモ書き程度)

宮澤賢治春と修羅』 序文(メモ書き程度)

 

 宮澤賢治*1の『春と修羅』序文を読んで,「彼は,自然科学というものに触れて,『正しさ』の普遍性や相対性というものについて思い悩んんだのではないか」などと想像する。なぜならかつての自分の悩みに対応するような表現が,彼の「スケッチ」には表れているから。

続きを読む

部分と全体

全体と部分

 

① (大きさを持つもの)全体をだんだんと分割していく。「だんだん」というのはつまり、最初に全体を、例えば1/2に等分する。次に2個の1/2のそれぞれを1/2に、という具合。n回の操作ののち、全体は1/2のn乗個に分割されている。

 このnを限りなく大きくしていったなら、(全体に比べて)1/2のn乗は、限りなく小さくなっていくだろう。直感的に、nが無限大の極限をとったなら、ゼロに収束するだろう。

続きを読む