絵画「ボッティチェリ展」

Botticelli e il suo tempo*1

 ボッティチェリ

2016.1.16 - 4.3

東京都美術館

 

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「パリスの審判」について

朝日新聞デジタル「パリスの審判」http://www.asahi.com/articles/DA3S12208858.html

 

 2月26日に展覧会を訪れた。ここでは私が特に時間をかけて眺めた,ボッティチェリの「パリスの審判*3」について述べる。

 

  1. アトリビュートの不在について。絵画の題材にギリシア神話が選ばれる時,画家は,どの"人物"がどの神であるか判別させるためそれぞれの神々に固有の記号を割り当てることがある*4。その記号を「アトリビュート」と言う。例えば「パリスの審判」に描かれるゼウスの妻ヘラはクジャク*5を従え,美神アフロディテは弓を携えた天使のような息子クピドを従え,知恵の神アテナは甲冑や武器を所持している。だがボッティチェリの「パリスの審判」にはアトリビュートが描かれておらず,パリスからリンゴを受け取ろうとする"人物"がアフロディテであるという判別は可能だが,残る2人の女性のうちどちらがヘラでどちらがアテナであるかの判別は困難だ。ボッティチェリの「審判」の製作年は1485~88であるらしいが,近い1508年のクラナッハが描いた「審判」にもアトリビュートが見当たらない。有名なルーベンスの「審判」(1639年)には,明確にアトリビュートが見つかる。絵の主題とは直接関係のない道具や動物を登場させるアトリビュートが一般的になるのはどうやら16世紀以降のようだと私は考えた。1515年制作のラファエロに基づく『パリスの審判』の銅版画には,ヘラのクジャクが見て取れる。
  2. 画面中央の船は,審判の結果最も美しい女神として選ばれたアフロディテが「最も美しい女」をパリスに与えるとして,パリスがトロイアの王女を略奪して船で逃れることの暗示であろうか?
  3. 動物のリアリティについて。画面中央の牧羊犬や畜牛は横からではなくほとんど背後から描かれており,これには観察を要する。多くの人間は,動物を前や横から見た姿は知っているが,後ろから見た姿は知らない,ただしこの畜牛や別の犬の目をよく見ると,白目がある。対して実際の哺乳類の目を見ると,黒目しか見えないことが多い*6。この点においてリアリティは徹底されていないが,果たして動物の目を観察しなかったのか,それとも白目を描くことに何か意図があるのだろうか。
  4. 景観のリアリティについて。当時遠近法あるいは一点透視図法は完成されていたらしいが,特に自然風景の描写においては遠近感の表現が徹底されていたわけではない。つまり,鑑賞者から近い場所に描かれているものの見え方と,遠い場所に描かれているもの見え方とが,整合性を取れていないことがある。その例はダヴィンチのモナリザの背景であり,人物の正面を水平方向に見るときは決して人物と同じ高さには見えないであろう,人物よりも低い位置にある景観が,人間と同じあるいはそれ以上の高さに見えることがある。ボッティチェリの「審判」においても,人間は水平方向に目線を向けた場合の視界を描いているのだが,遠景は水平方向に対して下方向へ視線を傾けた場合の視界を描いているように思われる。この手法と同じものは,セザンヌの作品,例えば「リンゴとオレンジのある静物」において陽に用いられるし,キュビズムにおいてはもっと露骨である。
  5. 人間のリアリティについて。アフロディテのリンゴを受け取ろうとする手を見ると腕頭骨とほとんど直角をなして曲げられており,実際に同じポーズを取ろうとするとつらい。パリスがリンゴを渡そうとする姿も「堅い」と私は思う。おそらく「審判」に描かれている人物像は,人間が"自然に"取る動的な行動を写し取ったものではなくて,静止したモデルにポーズを取らせ美的な理想像を具現化させようと描いている。これは「審判」に限ったことではなく,ボッティチェリの他作品やそれ以前の時代の絵画において一般的であると思う。ダヴィンチに象徴される現実の事物の徹底的な観察はルネサンス期初期から開始されてはいたけれども,必ずしも具体物の観察されたままの表現を画家が行うとは限らなかった。ただしそれゆえに絵画は物理的に起こりえないことを可能にするかもしれないし,現実から抽出されてきたものをよく伝達するメディアたり得るだろう。

 

 

 

 

 

 

*1:伊和時点をざっと眺めたところ「ボッティチェリと彼の時代」という和訳がつけられそう

*2:Wikipediaフィレンツェ派」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A7%E6%B4%BE

*3:ギリシア神話の1ストーリー。トロイア国の王妃ヘカベーがその出産時にトロイアが滅びる夢を見たため山へ捨てられた王子パリスは,羊飼いに拾われる。一方,ある人間と女神との婚姻に呼ばれなかった不和の女神が宴席に投げ入れた「最も美しい女神へ」と記された黄金のリンゴを,ヘラ・アフロディテ・アテナの3人が取りあったさい,審判として選ばれたのがパリスであった。Wikipedia「パリスの審判」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%88%A4

*4:アトリビュートが普及した後でも用いられない場合はあり,それは例えば絵画の主題や,描かれた"人物"の動作,あるいは消去法によって,その人物が誰であるか判別可能な場合だと思われる。例としてはパロットの「審判」(1875年)。

*5:浮気付きなヘラの夫神ゼウスの愛人がヘラの怒りから逃れるために化けた雌牛を監視する役目をヘラから与えられた,交代で眠る100の目を持つ怪物アルゴスだが,ヘルメスの笛によって眠らされ殺される。ヘラがアルゴスの目をクジャクの羽にうつしてやったことで,現在のクジャクの姿が完成する。ギリシア神話始め多くの神話は倫理道徳的規範の提示,歴史の説明(時に現在の権力者の権威づけとしての神々からの血縁),そして自然やその歴史(その延長に人間の歴史がある)の説明を全て全能的な神いわば人間から類推された存在に委ねる。

*6:人間は他の多くの動物と異なって白目がよく見える。すなわち人間は端から見て,どこに視線を向けているかを把握されやすい。このことはヒトの心の理論の,種としての進化あるいは個体の発達に関係がありそうな気もする