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WORDS

-それ以外に抽象しようのない-

映画「SHAME-シェイム-」

SHAME-シェイム-

原題:Shame

 

2011年 イギリス(言語:英語)

101分

監督:スティーヴ・マックウィーン Steeve McQueen

主演:マイケル・ファスベンダー Michel Fassbender

共演:キャリー・マリガン Carey Mulligan ほか

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あらすじ*1

 主人公はNewYorkのオフィスワーカーで,社会的に成功している部類。彼の振る舞いはいわゆる「性依存症」に該当するものとして描かれている。具体的には,

  • 電車で目の合った女性を誘惑
  • 会社のPCでポルノ閲覧
  • 仕事帰りのバーで出会った女性と一晩限りの関係を持つ
  • 仕事の合間に自慰に励む
  • それ専用のチャットを利用する 

等々。

 彼は多くの女性と性的な関係を持つのだが,それらの関係はあくまで快楽を得る「体だけの付き合い」であり,人生設計に関わるような深い人間関係に性が入り込むことはない。彼は同じ職場の女性と,デートから発展して次第に性的な関係を持つ「自然な(一般的な)」交際関係を持とうとする。だがその女性とセックスを始めても,「最後まで」するのにじゅうぶんな興奮を得ることができなかった。

 

 一人暮らしの彼の元へ居候をしようと現れたのが,彼の妹。妹は兄と正反対のキャラクターとして描かれている。具体的には

  • 安定した生計を立て質の良いものを持つ兄に対し,妹はナイトクラブで歌いその場しのぎの収入を得ており,だらしなく,持ち物は安っぽい
  • 性を人生設計から切り離しておりそれゆえにある程度精神的に落ち着いている兄に対し,妹は恋愛依存で苦しむことが多く精神的に不安定

等々。

 兄は妹の居候を許すも,妹のことを心よく思ってはいない*2。彼は,妹と寝た上司のことも好いているようには思えないが,彼の不快感の対象は妹や上司といった人間に限定されておらず,「上司と妹が寝ること」という事象に対してイライラ不安や落ち着かなさを抱いている。まるで簡単に誰かに恋愛感情を抱くことで深く影響を受けることを,妹に避けて欲しいかのように。

  彼の妹に対する苛立ちは,妹が彼の上司と出会ったその夜に関係を持ち,さらに彼の自慰や「チャット」画面を妹が目撃してから,増していく。彼が妹に対して厳しい言葉をかけた夜,彼は街でやけくその性的奔放に溺れ,妹は浴室で手首に刃物を当てる。

 

 

考察

 主人公が上司を心よく思っていないのは,その二重性あるいは一貫性の欠如にある。主人公の妹と寝た翌朝の職場で,上司は自分の息子とオンラインでチャットしながら,息子が一時退席した隙に,主人公のPCに大量のポルノ動画の閲覧履歴があったことを「ビョーキ*3」と咎める。

 この場面の上司に対して観客が率直に抱く感想は,「お前が言えたことか」かも知れない。不倫は(少なくともニューヨーク州内で)刑法的に罰せられることはない*4が,しかし結婚生活や子育てといった人間関係に対して致命的な影響を及ぼすことがある。不倫や浮気は,犯罪ではないが,社会一般的に「やるべきではない」「やってはならない」道徳的・倫理的禁忌とされていることがある。裏を取れば,貞操を貫くことが道徳的・倫理的に推奨されることがある。不倫や浮気は関係者の感情を傷つけ生活・人生に影響を与えることがある*5。にも関わらず,自分を差し置き,貞操への背徳行為を行った翌朝に父親の仮面を被って息子と会話し他者へ説教をする上司に対して観客は「お前が言うか」という感想を抱くかもしれない。

 同様にポルノの閲覧といった性への溺れは道徳的に禁忌とされることがあるし,性への溺れに不快感を抱く者もいる。ただし,浮気をすることとポルノを閲覧することは,分類されるジャンルは等しく「性」ではあれど,別物である。したがって「不倫をしたからといって,性に依存する人間への説教をしてはならない」ということにはならないかもしれない。例えば遅刻をする人間が「殺人を犯してはならない」と説教をしてはならないのだろうか?イエスの言う通り,生涯を通じて一切の罪を犯したことのない人間だけが石を投げることを許されるのだろうか?こういう疑問のもとで,何らかの「悪行」をはたらいた人間が,異なる「悪行」をはたらく他者を咎める「資格」があるということが確実に言えるとも限らないということに,ここではしておこう。

 

 仮に上司が,自分の行為を棚に上げて主人公へ説教する「資格がある」としよう。しかし,そもそもポルノの閲覧は「悪行」なのだろうか?確かに「ポルノの閲覧」という業務中に業務と無関係なことをしていたことは咎められ得るが,業務と無関係なことをしていることへの批判はポルノ閲覧など性的なことに限定されず職務中のTwitterや株取引など一般に成され得る。というのも,主人公は性への依存に関連して誰かを傷つけるということ*6を一切していないのだ。

 

 浮気や不倫であれ,ポルノの閲覧であれ,「不快感を抱く人々がある程度の人数存在すると」いう点で,社会的な推奨を積極的に受けるものではない。ただし両者ともある程度法的に許容されているという点において,等しい。例えば日本の場合,ポルノの閲覧や風俗店の営業や利用は,ある条件のもと(幼児ポルノではない,買売春をしない,など)で,法律によって罰せられることがない。ある種の性への溺れは,刑法によって罰せられないという点で,不倫や浮気に等しい。

 だが,不倫や浮気が当事者たちの感情や生活に悪影響を与えるという点で「他者を傷つける」のに対し,ある種の性への溺れは一切の「被害者」を生まないことがしばしばある。例えばモデルなしに創作された漫画に登場する女性の裸体を見て自慰を行うことによる被害者は,誰なのだろうか?そのような漫画を見たことによって不快感が生じる人の存在,漫画を見て自慰をする人間を知って不快感が生じる人の存在はあるが,それらの人々を殺人や詐欺窃盗と同様の「被害者」とみなすには若干の距離がある。また,望んで女優になろPC画面上に登場する人間や,望んで嬢になりマッサージを受ける人間を性的に消費する場合などに「被害者」は存在するのだろうか?あるいは,互いに望んで行われる性的なチャットにおける「被害者」は誰なのだろうか?

 

 主人公の性依存に対して不快感を覚える人間はいるかもしれないが,しかし主人公の依存は犯罪行為ではないことはもちろん、他者の関わった人生設計に影響を及ぼさないあり方をしており,ゆえに決して誰かを傷つけたり,直接の被害者を生んだりしないあり方をしている。彼の行動は「他者を傷つけるかたちで性欲を発散させない」という原理のもとで統率されている。そのような意味で,主人公には上司とは異なって一貫性がある。

 一方で「一般的で」「自然な」恋愛における性のあり方について考えてみたとき,たとえば一方が相手に要求して叶えて欲しい望みが,相手の望みでなかった場合,相手の「人格」あるいは「尊厳」や「身体の自由」の否定につながり得る*7。一般的な恋愛は当事者たちにとって性欲の発散を唯一の目的としたものではないがゆえに,肉体的なつながりを持つかどうかの場面で互いの要求が一致しない時に一方がもう一方を傷つけることがあり得る。主人公は,人間関係に性欲が持ち込まれた時に発生する,互いの望みや要求の不一致に起因した傷つきを相手に与えることを避けている。主人公はビル高層階の窓ガラスに女を押し付けて背後から犯すという所有欲の満足のために,先述の通り同僚と共にホテルに行くけれども,所有欲の満足のために消費される相手の感情への配慮からか,果たせない。けれども商売女相手なら,相手の同意が確実に得られることを知っているから,遠慮が必要ない。しかし商売女が相手では,性的な快楽は得られても情緒的な満足は得られない。

 「人生設計に深く関わって情緒的な安定をもたらしてくれる相手に対し、自分の望み通りに振舞うことを期待する性欲を向けて相手に何らかの行為を要求・ときに強要することは相手を傷つける可能性があるため性欲を人生設計から切り離すが,人生設計から切り離されて結ばれた関係における相手との性行為は快楽をもたらしこそすれ情緖的な安定をもたらすこと能わない*8」、そのようなジレンマの中に主人公はいる。

 結局主人公が日常的に選択しているのは,人生を共にする人間に対してその人間の望まないかもしれない要求を生じせしめ得る性欲を向けて人格を否定することではなく,性欲のみでつながった関係を結ぶことに了承を得られる人間を相手に性欲を満たすことであり,それによって精神的に,生活的に,ある程度の安定を得ている。そして主人公は,持続的な恋愛を装って性欲を満足するだけの人間の存在を知っており,ゆえに情緒的な安寧という目標を抱いて性欲の混ざり込んだ恋愛に溺れ精神的に深刻な影響を受ける妹に辟易している。

*1:作品中の時系列に完全に従ったものではない

*2:ただし兄妹仲が悪いわけでもなく,笑顔でふざけあう場面もあれば,兄が妹の歌に涙する場面もあるし,電車が停まった場面では妹の自殺の可能性を心配している

*3:映画の字幕には時々,このような,若干古いくだけた表示が登場する。

*4:不貞行為が刑法によって犯罪とみなされることがないという事情は日本も同じだが,ニューヨーク州においては民事訴訟において不倫を理由に損害賠償を請求する権利もないようだ。
http://tanteiwatch.com/27103

*5:少なくとも貞操の維持によって人間関係上のトラブルが発生することはあまりない

*6:例えばレイプ

*7:例えば,いわゆる「デートDV」を思い浮かべてみればよい

*8:そのような相手が性行為をする理由は,相手にとっての快楽のためか,相手の生計のためで,相手にとっての相手が自分であるという必然性はないし相手が集中するのは相手自身の肉体の快楽であって目の前の自分の人格ではない