「評価」という言葉にまつわる思い出と,連想

「評価」という言葉にまつわる思い出と,連想

 

 数学の予備校講師が関数の大小を比較する際に「評価」という言葉を使うのを初めて耳にした時の,違和感や不思議さを覚えている。数学における用法の場合,確かに熟語を分解してみれば「値」を「評」しているように思える。

  僕の違和感の源泉はおそらく,日常的な「評価」という語が「美味しい」「まずい」といった「肯定・否定」という2極的印象・感情の表現について用いられているものだと考えていたことにあるのではないだろうか?

  Google先生が僕に教えてくれるのは「数学」「評価」という2つの語が同時に用いられる場面として最たるものは,教育現場だということだ。そして数学における「評価」はいわゆる業界用語の部類らしい。

 

 

  ある熟語が成立した当初は,その熟語を構成する(例えば)2つの文字それぞれが持つ意味に従ってその熟語の用法が決まっていたが,その熟語が一度流通してしまえば,2つの文字2つの意味に還元されうる熟語も1つの「記号」としてそれ以上還元不可能な1つの意味用法を持つ,ということがあると思う。