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WORDS

-それ以外に抽象しようのない-

映画「五日物語-3つの王国と3人の女-」

映画「五日物語-3つの王国と3人の女-」

 

 マッテオ・ガローネ監督「五日物語」を観てきた。

 原作は17世紀イタリアの民話集「ペンタメローネ」である。「ペンタメローネ」は通称で,原作者がつけたタイトルは『物語の中の物語』だそうだ。このタイトルの由来は,『物語の中の物語』のとる体裁が「架空の登場人物が,色々な民話集を話して聞かせる」というものだからだそうだ*1。同じ体裁をとる物語なら,『千一夜物語』を思い浮かべればよい。日本の古典なら『大鏡』だろうか。確かにこの映画の英題は"Tale of Tales"である。

 ただしこの映画は「作中作」*2的な形式を取ってはいない。したがって"Tale of Tales"というタイトルは必ずしも映画の内容と合致しているわけでもない。それなら「五日物語」のほうがベターなのかというと,こちらも「原作の登場人物が物語を5日間にわたって語ったこと」に由来するので,同様に映画の内容と合致しているわけでもない。英原題にせよ邦題にせよ,この映画のタイトルはあくまで原作が「ペンタメローネ」であることを示すにとどまるように思われる。

 

 劇中綱渡りが3度(私調べ)登場する。注目したいのはそのうち2度は,作品のラストシーンでの登場と,エンドクレジットでの巨大なシルエットとしての登場だということだ。製作者はこのように綱渡りを強調することによって何か観客に考えさせたいのだろうか?

 私が仮に解釈するとしたらこうなる。つまり綱渡りとは危ない橋を渡ることの象徴であり,ハイリスク(そして時にハイリターン)の象徴でもある。この物語に登場する,3人の主要な女性とその周囲はそれぞれ,望みのためによくわからないものに頼って危ない橋を渡る。

 子を得たい王妃と夫王は,よくわからない黒服のっぽの老人の話を聞き入れ,よくわからない怪物に向かう。若さを得た老女は,自分がなぜ若くなったのかもよくわからずに嫁ぐ*3。夫を得たい娘のために父王は,(無邪気に,遊び半分で?)愛する"ペット"を使ってリスクを伴う婿探しを行う。それぞれが望みのためによくわからないものに身を預けるのだ。

 この物語の特徴は,得体の知れない登場人物が誰であるかとか,目の前で起こる不思議な出来事を一体どのように解釈すれば良いのかという物語的説明をせず,ただ起こることを流れるままに提示していることだと思う。このことは,原作が17世紀イタリアの民話集であることにも起因しているだろう。童話は,ある種の現代人が求めるような説明だとか,整合性だとかを追求しない。科学的説明が追求されないのも,もちろんだ*4。そしてこういった特徴は,ファンタジー映画も含め,現代の主流な映画の主流からは離れているように思う*5

 

 「現代的な傾向」に関連して1つ気になったのは,「オーガ(鬼) の立場」の描写がなかったことだ。観客の中には「一体彼が何か悪いことをしただろうか」と彼の立場も考慮する者もいるかもしれない。勧善懲悪ではなく「それぞれの立場・都合・感情」を描写する映画の増える一方で,17世紀の民話から採られたこの映画は,誰の立場にも肩入れさせない。

 

 もう1つ気になったのは,物語の舞台がルネッサンスとかバロックのヨーロッパを彷彿とさせるのに対し,撮影の仕方や登場人物の身振りや台詞回しなどの演技が現代的に見え,私の持つイメージとは異なることがあったということだ。例えばヨーロッパの宮廷を映画にするとなれば,私はキューブリックの「バリー・リンドン」的な,固定され広い範囲を撮影した画面の中で登場人物が厳かに動く様子をイメージする。が,そうではなかった。このことを思ったのは,物語序盤で黒服の男を,下方から画面いっぱいに入れて撮影した時点で思った。また,婿を欲しい王女と父王との会話も,現代的な親子ゲンカに近かった。

 私のイメージとは異なる作風であるから嫌いだというわけでは全くない。作り手がどのような効果を期待してこの映画を撮影したのか気になる。もっとも,仮に映画の全編にわたって細部まで何かしらの効果や意図が背後にあるにしても,映画だけから読み取らせることができないのなら無意味だという指摘もありうるし,背後にあるものを読み取ることのできない私のほうに見落としがあるという指摘もあり得るのだが。第一,何も意図などないかもしれず,その場合ただ解釈だけがある。

*1:Wikipedia「ペンタメローネ」:ペンタメローネ - Wikipedia

*2:「作中作」といえば最近の映画だと2014年の「グランド・ブタペスト・ホテル」(ウェス・アンダーソン監督)を思い出したが,この作品がなぜあの3重の入れ子構造を取ったのか,私にはよくわからない。

*3:あのラストは,シンデレラを彷彿とさせた。

*4:今回の場合観客はファンタジーを観ることを前提としているかも知れないが。ちなみに,ファンタジーファン層向けのマーケティングをしているのか,本編上映前の予告編はティム・バートンの次回作だった。

*5:ファンタジー映画であれ,科学的でないにせよ何らかの「説明」を盛り込んで物語を膨らませる傾向にあると思っている。