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WORDS

-それ以外に抽象しようのない-

「科学」をやっていたら科学者と呼べるか?

「科学」をやっていたら科学者と呼べるか?

 

 ある人を科学者と呼べるかどうかを判断するさいにはその人が従事し用いている方法論が現代の基準に照らして「科学的」であるかどうかを主に論ずるけれども,「科学」概念の変遷はあるし(例えば現代的には科学でなくとも,当時は「科学」であった何かに従事していた人は「科学者」でないのか),その人に何らかの自覚があったかどうか(それを名乗っていたかどうか)とか,その人が「科学」を趣味でやっていたかどうかそれとも生業にしてたかどうか,という基準もあると思う。

 

 我々が現代の基準を用いて過去を判断するのであれば,当時の人が当時の基準で判断していることも尊重されるのでは?という疑問。

 

 「科学とは何か」を考えるのに,「科学」全体を構成している部分である物理学,化学,生物学(人によっては数学も含めるか?)とか諸々の分野,理論・実験・計算とかの分野に細分して共通の性質を抽出してくる方法もあるけれど,実際には共有のやり方はみいだせなくて,家族的類似のようなものに従って「自然な」科学概念が維持されているのだと思うけれど。

 

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 そもそも「その人が科学者であるか」を問うことにあまり(自分は)価値を置いていないのだけれど。なぜならシンプルであるがゆえに厳密な区分ができるような,容易な概念・対象ではないからなのだろうか。

 

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 アリストテレスは自然そのものをそのまま(物質的なものをそのまま)扱うというよりは,卑近な手段を枠組みとして自然をその中に押し込めて分類したという印象がある(空気・火・水・土と,寒⇆温・乾⇄湿の四元素・四質論)。