宮澤賢治『春と修羅』序文(メモ書き程度)

宮澤賢治春と修羅』 序文(メモ書き程度)

 

 宮澤賢治*1の『春と修羅』序文を読んで,「彼は,自然科学というものに触れて,『正しさ』の普遍性や相対性というものについて思い悩んんだのではないか」などと想像する。なぜならかつての自分の悩みに対応するような表現が,彼の「スケッチ」には表れているから。

  幼いころは石集めが好きで「石っ子賢さん」*2とまで呼ばれるほどであった宮澤賢治は,現在の岩手県花巻市の出身である。彼は岩手県立盛岡中学校(現・盛岡第一高校)で学び,盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)へ進学した。彼も彼の実家も熱心な仏教徒であったというが,父の宗派が賢治の信じたい宗派とは異なっていたせいで,両者はしばしば衝突したという。一時上京していたようだが,晩年は地元で,農民の劇団を主宰したり,収穫量増のため肥料や地質との関係について相談に乗っていたという。彼にとって詩作-彼にとっては「心象スケッチ」-は生計を立てる手段ではなく,生前出版された作品はごく一部であった。 

 宮澤賢治を科学哲学的な側面から考察した仕事は既存だろうか。やりがいがあると思う。

 

 まずは一通り,『春と修羅』の序文を読んでみる。

 

私といふ現象は

假定*3された有機交流電燈の

ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに

せはしくせはしく明滅しながら

いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈の

ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち,その電燈は失はれ)

 

これらは二十二箇月の

過去とかんづる方角から

紙と鑛質*4インクをつらね

(すべてわたくしと明滅し

 みんなが同時に感ずるもの)

ここまでたもちつゞけられた

かげとひかりのひとくさりづつ

そのとほりの心象スケッチです

 

これらについて人や銀河や修羅や海膽*5

宇宙塵をたべ,または空気や塩水を呼吸しながら

それぞれ新鮮な本体論も考えませうが

それらも畢竟こゞろのひとつの風物です

たゞたしかに記録されたこれらのけしきは

記録されたそのとほりのこのけしきで

それらが虚無ならば虚無自身がこのとほりで

ある程度まではみんなに共通いたします

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに

 みんなおのおののなかのすべてですから)

 

けれどもこれら新生代沖積世の

巨大に明るい時間の集積のなかで

正しくうつされた筈のこれらのことばが

わづかその一點*6にも均しい明暗のうちに

   (あるひは修羅の十億年)

すでにはやくもその組立や質を變じ*7

しかもわたくしも印刷者も

それを変わらないとして感ずることは

傾向としてはあり得ます

けだしわれわれがわれわれの感官や

風景や人物を感ずるだけであるやうに

記録や歴史,あるいは地史といふものも

それのいろいろの論料といっしょに

(因果の時空的制約のもとに)

われわれが感じてゐるのに過ぎません

おそらくこれから二千年もたったころは

それ相當*8のちがった地質學*9が流用され

相當した證據*10もまた次次過去から現出し

みんなは二千年ぐらゐ前には

青ぞらいっぱいの無色な孔雀がいたとおもひ

新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層

きらびやかな氷窒素のあたりから

すてきな化石を發掘*11したり

あるひは白亞紀砂岩の層面に

透明な人類の巨大な足跡を発見するかもしれません

 

すべてこれらの命題は

心象や時間それ自身の性質として

第四次延長のなかで主張されます

 

 

 

 さて,宮澤賢治が生きたのは1896-1933であるから,彼の科学観が現代の人間,特に自分とどれほど似通っているかは分からない。江戸時代の日本人よりは似ていると思うけれど。でもとりあえず,現代の自分の観点から,彼の詩を解釈したい。

 

 まず次の二箇所を見ると,賢治は,人間が電気信号の送受信によって情報をやり取りする機械的なものとみなす,唯物的・科学的な見方をしていると思う。

私といふ現象は

假定*12された有機交流電燈の 

因果交流電燈の

 

 次の2箇所。これらが示しているのは,言葉はしばしば「正しいか,間違っているか」が問われるけれども,賢治の言葉というのは「頭に言葉が浮かぶ」という現象をありのままに記しただけで,正しいとか間違っているとかの論議の対象ではないのだということであると思う。人間が言葉で何かを述べると言うことも1つの自然現象であるとでも言うような。

私といふ現象は

そのとほりの心象スケッチです

 

 次の箇所も同じ。言説を述べることも,述べられた言説についてその真偽を論じたり意味を解釈したりすると言うのも,ただありのまま,そう言うことが起こっているに過ぎない,と言うもの。それらはただ心の風景をスケッチするようにありのままを記録したに過ぎないのだ,と。

これらについて人や銀河や修羅や海膽*13

宇宙塵をたべ,または空気や塩水を呼吸しながら

それぞれ新鮮な本体論も考えませうが

それらも畢竟こゞろのひとつの風物です

たゞたしかに記録されたこれらのけしきは

記録されたそのとほりのこのけしきで

 

 次の箇所。虚無というものは,真に何もないというわけではなく,虚無というものの心で感じられる限り何かそこで起こっているのであり,風景であるということ。「空間がある」「穴がある」。

それらが虚無ならば虚無自身がこのとほりで 

 

 次の箇所。何が正しくて何が間違っているかということの相対性と普遍性について述べていると思う。

それらが虚無ならば虚無自身がこのとほりで

ある程度まではみんなに共通いたします

正しくうつされた筈のこれらのことばが

わづかその一點*14にも均しい明暗のうちに

   (あるひは修羅の十億年)

すでにはやくもその組立や質を變じ*15

しかもわたくしも印刷者も

それを変わらないとして感ずることは

傾向としてはあり得ます

 

 次の箇所。「正しさ」に関連する学問的なものも,所詮は感じられているものである,ということ。 心に浮かんでいるものであるということ。

けだしわれわれがわれわれの感官や

風景や人物を感ずるだけであるやうに

記録や歴史,あるいは地史といふものも

それのいろいろの論料といっしょに

(因果の時空的制約のもとに)

われわれが感じてゐるのに過ぎません

 

 次の箇所。歴史の示すところは,「正しさ」や「真理」を司るものである学問においても,何が正しいかということが変化するということ。相対論におけるパラダイムシフトを想起させるが,彼が相対論に関する知識があったとは思わない。彼が自然科学的なものの見方をしていたとはいえ彼は物理学畑の人ではなかった。しかしあくまで不明である。

おそらくこれから二千年もたったころは

それ相當*16のちがった地質學*17が流用され

相當した證據*18もまた次次過去から現出し

 

 

 

 

 

*1:宮沢賢治 - Wikipedia

*2:NHK教育の「おじゃる丸」に登場する「カズマ」というキャラクターを想像するといい。

*3:仮定

*4:鉱質

*5:海胆。ウニ。

*6:一点

*7:変じ

*8:相当

*9:地質学

*10:証拠

*11:発掘

*12:仮定

*13:海胆。ウニ。

*14:一点

*15:変じ

*16:相当

*17:地質学

*18:証拠