映画「メッセージ」

映画「メッセージ」

 

 「メッセージ」*1を観てきた.結末まで話すので注意.

 

 設定

 舞台はアメリカ.主人公は言語学者の女性*2である.劇中しばしば,彼女の娘の映像がフラッシュバックする.

 ある日突然,地球上の12ヶ所に宇宙船が出現する.多くの人々が不安に陥り,暴動が発生した地域もあった.

 宇宙人(Heptapod=7つ脚,以下へぷた.)が現れた目的を探るためにアメリカ軍*3によって駆り出された主人公は,へぷたの言語の解読を試みる.

 ちなみに物理学者の男性*4も軍に徴用され,彼女に協力する.

 

 

物語の3つのテーマ

 以上の設定のもと,物語は,次の3つのテーマを軸として進行していく:

① へぷたの言語を解読できるのだろうか?そしてへぷたはなぜ地球に?*5

② 各国軍のへぷたへの攻撃を,主人公は防げるのか?

③ 主人公の娘が,宇宙人とのコンタクトにどのように関係しているのか?

 というわけで1つずつ見ていこう.

 

 

①へぷたの言語は解読できるか?へぷたはなぜ地球に? 

 主人公たちは,「指差し」によって,名詞,動詞など,へぷたの語彙を増やしていく.具体的な方法が劇中で示されることはないが,,主人公はへぷたの文字*6表意文字であることを知る.

 

 

 仮にへぷたが,人間にとっての言語に相当するものを持っていたとして,へぷたの言語は,人間にとっては未知の言語である.しかしへぷたの言語を知る方法は,未知の人間言語を知る方法と,基本的には一緒である*7

 簡単なのは,指差しできる名詞である.例えば🍎←これをへぷたがなんと呼ぶかを知りたいとする.君が日本人なら🍎を指差して「りんご」と発音すればいい.あるいは文字で「りんご」「リンゴ」「林檎」などと書けばいい.そして身振り手振りで,へぷたにも同じことをするように要求するのだ*8そうするとへぷたも「ブオワベーブブブ」などと発音したり,「●◯⭐︎□」などと書いたりしてくれるかも知れない.

 こうして,🍎↔︎「ブオワベーブブブ」という音声の対応関係,🍎↔︎●◯⭐︎□という文字記号の対応関係を知ることができたら,次に知りたいのは,音声「ブオワベーブブブ」と記号●◯⭐︎□との対応の仕方である.つまりへぷたの言語が「表意文字」と「表音文字」のうちどちらなのかということを知りたい.もしへぷたの文字が「表音文字」ならば,ひらがな・カタカナやアルファベットのように,知らない単語であっても,書かれていさえすれば読み方がわかる*9.もしへぷたの文字が「表意文字」ならば,書かれた文字を見るだけでは発音することができない.文字ごとに読み方を学ばねばならない.

 表音文字は,アルファベットが26文字,ひらがなが「五十音」と言われるように,学ぶ必要のある文字が有限個であるという利便性がある.有限個の文字を組み合わせればどんな単語・文でも構成できる.対して表意文字は意味の数だけ文字があるので学習の際は面倒かもしれない(が,読むときには楽かもしれない).

 さてへぷたの言語が表音文字であるなら,異なる二つの単語に同じ発音が含まれているとき,同じ音に同じ文字が対応しているかどうかを調べればいい(ただしアルファベットが表音文字であるといっても,フランス語なら比較的音と文字との一対一対応が完成されているが,英語の場合は異なる文字でも同じ発音をしたりする.ひらがなでもそうだ.厳密には異なる発音を,同じ文字で表記することがある.).もしも表意文字なら,同じ発音でも文字が異なるだろう.

 

 

 どうやって見つけたのかわからないが,1つ重要な発見がある.それは「へぷたの言語には時制がない」ということだ.別のシーンでは「言語は思考の方法やものの見方に影響する」という「サピア=ウォーフ仮説」*10が会話の話題にのぼる.へぷたの言語が無時制であることと,サピア=ウォーフ仮説とは,別々のシーンで提示されるが,2つを関連づけることが,この物語を理解するヒントとなる.

 

 さて主人公が軍によって駆り出されたそもそもの理由は,「へぷたがなぜ地球に来たか?」を確かめることであった.ある程度へぷたの語彙を学んだ段階で,主人公は"Why are you here on Earth?"と問いかける.するとへぷたによる答えは"Offer a weapon."であった."weapon"とは?武器?道具?

 

 

② 各国軍のへぷたへの攻撃を,主人公は防げるのか?

 へぷたが現れたのは,地球上でアメリカだけではない.中国やロシアなど全部で12ヶ所だ.各国は(ある程度)情報共有をしながら並行してへぷたの目的を探っていた.

 「へぷたが人類に"weapon"を提供するために現れた」ということは,アメリカから各国に情報提供されたのか,アメリカとは独立に発見されたのかは忘れてしまったが,中国やロシアも"weapon"のことを知る.そして中国は(なぜか)宇宙船に対して「立ち去らねば攻撃する」とへぷたに宣戦布告する.もし中国が宇宙船を攻撃した場合,かつ全ての宇宙船が連絡を取り合って地球人が敵であるとの共通見解に至った場合,中国のみならずアメリカも反撃を受ける可能性があるので,アメリカも止むを得ず戦闘態勢に入る.

 

 ここで中国が宣戦布告した理由はよくわからない.もしもへぷたが武器をくれるというとき,自分が受け取らないで他の国が受け取ったなら他の国よりも自分の国が弱くなるので,それを避けるには武器を受け取らざるを得ない.しかし他の国も同様に考えた場合12カ国が全て武器を受け取ることになる.ハリセン程度の武器なら全ての国が受け取ったところで問題は生じないが,武器が核兵器を超えるような大量破壊兵器であった場合,その武器で戦争が開始したならば,地球上の平和にとっては大打撃だろう.その大打撃の根源は全ての国が武器を受け取ることであるから,「武器を受け取るのが自分の国だけで,武器を抑止力的に保持する」ことができない(他の国に武器を受け取らないよう強制することができない)以上は,全ての国が武器を受け取らないことを互いに約束するしかない.しかし中国がやろうとしたことはへぷたを攻撃することである(安易に攻撃するのも問題だろう.へぷたが武器を持参していたとしたら,攻撃によってその武器が破壊され,影響をもたらすかもしれないのだから).もし仮に攻撃によってへぷたが保持している武器を破壊したとしても,自国の武器だけを破壊したのなら,他の国が武器を受け取って自国が不利になるかもしれないから,他の国の宇宙船も破壊しなければならない.しかしそれは他国への武力的な干渉を意味するから,結局戦争になってしまう.ということは,自国が武器を受け取らないなら,宇宙船を攻撃するにせよしないにせよ,どちらの場合も他国に連絡して,他国にも足並みを揃えてもらわねばならないはずなのだ(ただしいくら武器を受け取らないと約束したにせよ、他国を出し抜いて自国だけ武器を受け取るという裏切りもあり得る。その場合武器を受け取った国だけが有利となるので、裏切りの可能性も考えるとやはり自国も武器を受け取るしかないのか?ただし以上は"weapon"が「兵器」であった場合のシミュレーションである). 

 

 主人公はへぷたが人類にとってどちらかといえば友好的であると思っている.その根拠の1つは,へぷたが大量によこしたデータの密度*11が1/12であったことだ.この1/12という数字は,宇宙船の出現した国の数に一致しているから,主人公は「12カ国が強力しないと,大量によこしたデータを解読できない」と判断したのだ.

 そこで主人公は"weapon"の意味をはっきりさせ,12カ国の協力を促すべく,へぷたとの最後の接触に臨む.するとへぷたが地球にやって来たのは「3,000年後に人類の助けが必要となるから」だという.主人公はへぷたには未来を見る能力があることを知る.そしてその未来を見る能力こそ,へぷたの言語には時制がないということと関連していたのだ*12武器とはへぷたの言語であり,へぷたの言語を学ぶことによって未来を見る能力が得られるというのだ.そしてへぷたの言語を学んでいた主人公も,未来を見る能力を少しずつ開花させていく.

 主人公は,言語を習得した未来を見ることによって,現在で言語を習得する.各国のへぷたへの攻撃を防いだ未来で各国首脳との晩餐会に参加して知った中国軍トップの携帯電話番号を使って中国軍トップに電話しへぷたへの攻撃を防ぐ(本作は父親殺しのパラドックスが生じることを恐れていないかのようだ).

 

③ 主人公の娘と,宇宙人とのコンタクトとの関係は?

 さて,劇中冒頭で,主人公の娘の誕生から死までが提示される.また劇中でも度々主人公の娘が登場する.これはあたかも過去の「フラッシュバック」のようで観客のミスリードを誘うのだが,実はこれらは,未来を見る能力によって主人公が見た未来だったのだ.主人公は娘が死ぬこと,破局が待っていることを知りながらなお,同僚の物理学者と結婚し,娘を産む.

 「未来が予知できても選択を変えないか?」という問いが主人公の口から発せられる.しかし「予知した未来を変えるため選択を変えた結果の未来こそ本当に予知される未来のはずだ」と思うのだがどうだろう。「選択を変えることで未来が変化する」ということは、初めの予知は現状という原因から予測される結果の予測のはずである。けれど因果関係には変化も折り込み済み、というより、変化などないのでは。うーむ.

 

 

 

ふと思ったこと:

 宇宙人と遭遇したら?というifを論ずるとき、言語を解読し、どのような数学を使っているか確認することは、自明視されるように思う。特に宇宙人が「高度な技術」を使って地球にやってきた場合には、数学の使用は必ず確認したいだろう。そこには「科学技術の発展には数学が不可欠」という前提がある。

 「宇宙人」は「地球外生命体」よりも狭く、強いカテゴリである。地球外で発見されたり、それまで地球にいなかったのに突然出現した生物らしきもの(生命の定義はさておき)は、即「地球外生命体」と認定はされども、「宇宙人」と認定されるとも限らない。

 見た目が人間にそっくりでも、「知的」でなければ、宇宙人と認定されないかも知れない。一方見た目がタコとかメタモンでも、「知的」であるならば、宇宙人と認定され得る。「宇宙人」というと人間との身体的類似(二足歩行など)が含意されそうに思うが、我々が本当に見つけたいのは「知的生命体」だ。

 では「知的生命体」の基準、少し弱めて指標や目安、の項目として何が適切であろうか。たとえば言語(だと我々が認めるもの)や数学(だと我々が認めるもの)は、項目として必須であろうか。あるいは、言語と数学、どちらのほうが、知的生命体が知的たる所以として、不可欠であろうか。

 歴史を振り返れば、なんとなく、数学の進歩に対し、言語が先行しているように思われる。であるから数学がなくとも、言語を使用していれば、その生命体は知的であると判断されるかも知れない。しかしここで、言語にも発展の過程があることを思い出そう。文字だって、発明されたのである。

 ということは、我々の遭遇した生命体は、数学を使用していなくても、まだ発展途上かも知れない。言語を使用していなくとも、発展途上かも知れない。だから、生命体が知的であるかどうかを判定したければ「現に言語や数学を使用しているかどうか」でなく「言語や数学の使用の可能性」を見ることになる。

 「言語や数学の進歩の可能性」を確かめるにあたっては、身体の構造と、環境の両方を考慮する。「適切な環境が与えられたなら」(つまり言語の進歩を促進するとか、阻害しないとか)の環境を与える。そうすると、身体の構造が、言語を持ち得るかということが確かめられるだろう*13

 ところで「知的」というのはとても人間尺度だとは思わないかね。犬からしたら、人間は馬鹿に思えるとか、そういうことはないかね。人間は犬になれないし、犬そのものを人間は体験できないから、「犬が何かを馬鹿だと思う」という想像も人間基準なのだけれども。

 

 

 

追記: 06/02 鑑賞2度目 

・冒頭,主人公の声によるナレーションが時間のorderと口にするのだが,字幕でそれに対応する箇所が時間の「流れ」となっている.本作の趣旨を組むとしたら,「順序」を意味する原語のほうが適切だと思う.

・ロシアの科学者が"There's no time."という主張をしている.これは「残り時間が少ない」と解釈もできるが,"Time doesn't exist."という意味には取れないだろうか.つまり「時間というものは,存在しない」.

・「未来を予知する」というのは.未来の出来事そのものを体験することではなく,未来の出来事の情報(映像や音声)を受信することだと思うけれども,いずれにせよ「物質は過去に送れないよー(事象の発生する順序は,あらゆる座標系において等しい)」という相対論的な制約に反する(のでは).

・ヘプタポッドの宇宙(?)船内の重力の方向の変化,超高密度の物体を適切なサイズで作って適切な位置に配置すれば実現できるのではないかと思ったけどそんな物体作ったら核融合しそうだし,重力には斥力がないので宇宙船外にも場の影響が出るのをシャットアウトできないのだが,宇宙船周辺の重力場に影響はなさそうだ(重力場の変化を米軍が確認しているかどうか不明だが,音波や電磁波を確認しているなら,重力場もしていそうだ).

・(「原作にもある内容なのか」「映画製作者が意識したか」は確認していないのだが)主人公が未知の言語を獲得して異星人と疎通しようとするのに対し,回線を断ち情報共有をやめた12カ国は互いに言語が既知で,しかも英語など少数の共通語を維持しているというのは,皮肉なものだ.

*1:「メッセージ」(2016年,アメリカ)原題:Arrival 監督:Denis Villeneuve 主演:Amy Adams 原作:"A Story of Your Life" by Ted Chang

*2:彼女を演じるのがAmy Adams.

*3:軍の大佐を演ずるのはForest Whitaker

*4:彼を演ずるはJeremy Renner.

*5:Youは何しに日本に?

*6:昨日「メッセージ」の宇宙人の文字を見て,「円相」みたいだなと思った. 今日映画ドットコムの記事を見たら,ヴィルヌーヴ監督は実際に円相を参考にしたという.「メッセージ」の円形文字はどこまでリアル?言語のプロに聞いてみた! : 映画ニュース - 映画.com

*7:ただしへぷたが声を出す仕組みは人間と異なるので,へぷたの言語を人間が発生したり,その逆をしたりすることが難しい,というコミュニケーション上の障壁はある.

*8:身振り手振りといったボディランゲージすらも共有できなければ,言語の翻訳は一層困難になるだろう.例えば異星人が完全な球体なら?(そんな生物が捕食などできるのか疑問だが)

*9:日本語ならほぼ必ずわかるが,英語だと例えばenoughとかknightとかpsychoは初学者にとって難敵である.

*10:言語相対性理論 〜サピア=ウォーフの仮説〜

*11:書き込むことのできる文字数のうち,実際に書き込んであった文字数みたいなもの

*12:アインシュタインの「全てが同時に起こらないよう,時間がある」という旨を述べたらしいことを思い出す.

*13:現代の我々なら、実験をするとなると、相手が「知的」であるかどうか分からないならなおさら、倫理的問題がつきまとうから、我々は彼彼女らに介入せず観察するに留まることになる(大航海時代とか、帝国主義時代の人々なら、実験したかどうか知らないが)