映画「ゼロ・グラビティ」

映画「ゼロ・グラビティ

 

 「ゼロ・グラビティ」。娘を亡くした母親である主人公*1にとって、宇宙飛行士の仕事場というのは、面倒ごとの少ない環境だ。直接の言及はないが,地球というのは面倒な場所だということが間接的に言える。

 ところが人工衛星の破片の襲来によって、避難の必要性が生じる。しかし初めのうちは,主人公の生存欲求はそれほどでもない。同僚の宇宙飛行士に紐で繋がれて,引っ張られて行くだけだ。彼との別れによってようやく「彼の犠牲を無駄にはできない」という気持ちから、彼女は生還に積極的になるのだろう。

 彼女にとっては面倒ごとが多い場所かも知れないが、地球は「母なる大地」である。生存に適さない宇宙から地球に生還した主人公は、宇宙船や宇宙服という羊膜を脱ぎ捨て、羊水たる湖から顔を出して酸素を吸う。彼女は地球から再び生まれたのだ。そして彼女は地面を踏みしめ,自力で立つ。

 

 この映画の要点は,「面倒事もあるけれど、重力の束縛のもとで地に足つけて生きる安心感を与えてくれる地球はやっぱりいいね」という,重力を持った地球の価値再考のようなところにある。重力によって地面と接するがゆえに強く効いてくる摩擦や、空気抵抗といった雑なものが宇宙にはなく、慣性の法則がモロに効いてくる理想的な環境であるがゆえに、掴んでいた同僚のことも引き留められなかったのだ。

 地球に適応した生命にとって宇宙は過酷であることを体験してこそ、相対的に、地球上にあることの恩恵が感じられる。 無重力というのは重力の価値を再考させる踏み台に過ぎない。だからタイトルとしては,邦題よりも原題の"Gravity"のほうが、より適切である。

*1:彼女が娘をいつ亡くしたのかはわからないが,仮に試験をクリアしていたとしても,精神的にダメージを負った人間が宇宙飛行士として現実に採用されるかどうかは不明。