映画『プレステージ』

 "THE PRESTIGE" directed by  CHRISTPHER NOLAN(2006, USA) 

 原作はクリストファー・プリースト『奇術師』("The  Prestige" by C.Priest)。

 

 冒頭。ノーラン監督作品に共通の,太めのフォントのタイトルが出たら,"Are you watching closely ?"と注意が入るので,誘導に従って注意深くこの映画を観ましょう。

 この映画はマジシャン同士の対立を描いた作品。最初にナレーションが入り,マジックの3パートの構成が説明される:

 

  1. Pledge(確認)・・・「タネも仕掛けもありません」
  2. Turn(展開)・・・観客を驚かせたり,不思議がらせたりする。観客は仕掛けを探すがわからない
  3. Prestige(偉業)・・・オチをつける。観客に拍手をさせるような偉業を行う

 

 この3パート構成が説明されるのと並行して,奇術師”グレート・ダントン”の「リアル瞬間移動」マジックの舞台が映し出される。

 ダントンは機械を用意して観客を舞台に上げ,タネも仕掛けもない(隠し通路などがない)ことを確認させる(1.Pledge)。次にダントンは機械を起動する。機械は派手に静電気を発し,ダントンは消える。観客はダントンがどのように消えたのか,どこへ消えたのか考えるが,わからない(2.Turn)。そしてマジックが完成する(3.Prestige)ためには,消えたダントンが一瞬で別の場所に移動し,現れなければならない。すると観客はダントンに対し拍手喝采を送るだろう。普段の彼の舞台であれば,そうなるはずだった。

 ところがダントンは現れなかった。彼は舞台の下に設置された水槽に閉じ込められ,溺れて死んだ。容疑者として逮捕されたのは,ダントンのライバルであった同じく奇術師の”プロフェッサー(教授)”ことボーデンだ。彼はダントンの瞬間移動トリックのタネを見破るべく舞台下に潜ったところ,ダントンが水槽に落下してきたのだ。

 拘留されるボーデン*1は,奇術師としては,観客を盛り上げる演出をするのが苦手だが,トリックの考案や見破りが得意だった。そのボーデンの元を「コールドロウ卿」なる貴族の使者が訪れ,ネタを買いたいと申し出る。

 使者は,ボーデンのトリックと引き換えに,金銭と,さらにボーデンの娘の引き取りを提案する。ボーデンは妻に先立たれており,ボーデンが有罪で死刑になった場合娘は孤児院に行くことになってしまうのだ。しかしボーデンは大事な「瞬間移動」(ダントンの「リアル瞬間移動」はボーデンの「瞬間移動」に対抗してつけられた)のネタは売れないと言う。ボーデンとの交渉を成功させるために,使者は死んだダントンの日誌を,ボーデンに渡して去る。

 この日誌を読みながら,ボーデンはダントンとの確執の過去を回想する。さらに日記の書き手であるダントンが,日記の中で回想を行うという入れ子構造になっている。

 

 出来事の起こった順番を入れ替えて提示するのは,ノーランの好む構成だ。『メメント』では10分ごとに過去へと遡っていく展開だったが,『プレステージ』では,まず現在を提示し,次に現在の人物が読む日記中の過去を提示し,さらに日記中の人物が回想する過去を提示するという入れ子状の構造を取る。「入れ子状」というと,『インセプション』の夢の多層構造だ。

 

 19世紀末のロンドンとアメリカ。衣装と美術が美しい。

 

 

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 クリストファー・ノーランという監督は,観客を驚かせるラストを持ったサスペンスやミステリー映画を作るのが好きだ。だから彼の映画は特に「ネタバレ注意」の部類に入る。

 彼を有名にした『メメント』のオチ然り,アル・パチーノを主演に迎えた『インソムニア』のラスト然り。実写にこだわりリアリズムの徹底を試みた彼のバットマン3部作はシリアスな作風ながらもミステリやサスペンスとは言い難くヒーローとしてのバットマンの尊厳や崇高さを維持しようとしたが,それでも『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』のいずれにおいても,予告編や宣伝時には登場しなかったヴィランを毎回登場させるというサプライズを試みている。『インセプション』でも,主人公の過去の謎を紐解くことを試み,『インターステラー』においても,「おばけ」の正体を探ることが物語の1つの軸になっている(新作『ダンケルク』("Dunkirk")ではそのようなサプライズはあるだろうか?)。

 そして「真実を隠して観客に提示する」という物語のミステリ要素は,マジックに通底するところがある。だから彼は『奇術師』の映像化を試みたのではないだろうか。そして冒頭のマジックの3パート構成ー1.確認,2.展開,3.偉業ーの説明は,マジックの構成の説明であり,かつ,ノーランの作品,この『プレステージ』の物語自体の説明にもなっている。だから彼は最初に"Are you watching closely ?"というナレーションを挿入するのだ。そして『プレステージ』というタイトルは,ダントンやボーデンの行うマジックショーのパートのことでもあり,この映画そのもののパートのことでもある。

 この映画の物語自体も,タネも仕掛けもないように思えるものが,観客を驚かせ仕組みを知りたいと思わせ,そして最後に偉業を行うーのか?

 

 冒頭のマジックのパート構成説明時にはこうも語られる。"You want to be fool."と。観客は「騙されていたい」のだと。

 物語にしろ,クイズにしろ,真実や答えが明かされると「なんだ,そんなに単純なことか」と思うことがある。たとえ難しい謎であってもだ。観客は頭をひねって考えるけれども,答えを聞くととてもシンプルで,騙されたように思う。数学的なパズルでもそういうことがあるし,マジックではそういうことが頻繁にある。謎として提示されると難しいのだが,一度答えがわかってしまうと,もはやなんら謎など存在しないように思える,そのような不可逆の認知的作用がある。

 だからマジシャンは,特にオリジナルのトリックで生活している場合,絶対にネタバレをしないのだ。それは単に「パクられることを防ぐため」という理由だけではない。もし他のマジシャンにパクられなかったとしても,ネタがわかっているマジックなど,観客は楽しめないからだ。ネタがわからず,不思議に思うからこそ楽しめる。

 この事情がミステリ映画についても同様に成り立つとしたらどうだろう。ノーランは自分の作品をマジックと同様に捉えている。驚くべきネタを自分の作品に隠したが,1度ネタバレしてしまうと,観客は2度と自分の映画に見向きをしてくれないかもしれない。そこで考えられる策は主に2つだ。第一に「新しい作品をどんどん発表して,使い捨て的な作品を発表していく」。第二に「ネタを持っているが,ネタバレがあっても複数回鑑賞できる作品となるよう工夫する」。

 第一の策は,映画というコンテンツでは実現が難しい。そもそもネタはたくさん思いつくものではないかもしれないし,1本の映画を撮影するのに結構な時間と労働力がかかる。映画はもともとアイデアだけでは完成しないことを踏まえれば,第二の策を採用して生き延びたいと考える。だからこの作品でも,第二の策を踏まえて,工夫がされているはずである(具体的に何?)。

 その工夫とは例えば,時系列の入れ替えによって物語を少し複雑にしてネタバレを容易にはさせなかったり,ダントンとボーデンそれぞれに謎を用意したりすることによって,その鑑賞者が1度の鑑賞時間に行える情報処理の能力を上回る情報を与えること。

 

 

*1:ダントン殺害容疑の裁判の審理中には判決が確定していないから,ダントンは刑務所で服役するのではなく,拘置所に拘留されているはずだ。しかしボーデンが入っていたのは刑務所であるかのような描写がされていた。これは演出の意図があったのか,拘置所と刑務所を混同していたためなのか,それとも当時の大英帝国のシステムに忠実に描いたのか。