「自然現象が数学で記述できるのはなぜか」? ー1

 

 Twitterのタイムラインを眺めていたら「自然現象が数学で記述できるのはなぜか」という疑問が流れてきた。

 

 ここでいう「自然現象」というのは,「自然科学が対象とする現象」のことであろうと思うが,究極的には,「自然科学」というカテゴリにまとめて放り込まれているあらゆる事柄ー研究対象や研究方法,研究成果,さらには集団として知見を共有し組織的に研究を促進するやり方や,職業科学者のあり方,科学技術政策などーは,それぞれが個別のものであると思う。

 例えば「自然科学」という1つのカテゴリの中にも,物理学,化学,生物学,など多くの分野がある。「理学部=自然科学部」として構わないとは思わないし,学科設立の際に考慮されるのはその時点で既存の分野のあり方だけではないのだけれど,とりあえず日本のある国立大学の理学部に所属する学科名を列挙するだけでも「数学科」「情報科学科」「物理学科」「天文学科」「地球惑星物理学科」「地球惑星環境学科」「化学科」「生物化学科」「生物学科」「生物情報科学科」となっている。同じ大学でも大学院となればまた別の専攻のカテゴライズの仕方があるし,別の大学となればまた別のカテゴライズの仕方がある。

 さらに物理学1つ取ってみても,研究対象の違いによって例えば「力学」「電磁気学」「熱・統計力学」と言ったカテゴライズ,数学的な扱い方の違いによる「古典物理学」「現代物理学(量子論)」と言ったカテゴライズ,研究方法の違いによる「理論物理学」「実験物理学」「計算物理学」と言ったカテゴライズ,などがある。

 さらに,自然科学の中の,物理学の中の,力学(ここではニュートン力学としよう)の理論の中に含まれる複数の事柄であっても,厳密に互いに同じと言えるものはない。例えば「運動方程式を解いて質点の自由落下を時間追跡する作業」と「エネルギー保存則と角運動量保存則とを用いてケプラーの法則を導く作業」とが,全く同じものだと言えるだろうか。

 また,側から見れば同じであるとされる分野の中でも,1人の研究者が従事するのは固有の作業である。「同じ学部の同じフロアの中でも,自分と違う研究室の人間とは全然話が通じない」という話が,しばしば聞かれる。

 このように考えると「自然科学」という1つのカテゴリの中に放り込まれている複数の事柄は,厳密には,それぞれ個別・固有のものであるという結論に達する。

 

 しかし厳密には異なる事柄であっても,「本質的」には共通点があることがあると言えるのもまた事実であると思う。厳密には異なる事柄であっても,ある抽象のレベルでは,同じものだと言えるのだ。だからこそ力学と電磁気学が同じ物理学に,物理学と化学が同じ自然科学に,自然科学と人文社会学が同じ学問に,区分されている。そしてそのようなカテゴリの区分が存在しており,そのカテゴリ区分が世間的のみならず研究の当事者たちによって受容され,異論が頻出しているということはないらしい,という事実があるからだ。

 ただしここで難しいのは,1つのカテゴリについてあまり詳しくない人はそれを1つのものとしてまとめてみることができるが,詳しくなるとむしろ1つのカテゴリが細分化されてしまう,というような効果があると思われることだと思う。

 

 したがって「自然現象が数式で記述できるのはなぜか」という問いに答えるためには,どのような抽象によって,厳密には異なる事柄が1つのカテゴリに括られ,ほかのカテゴリとは区別されているのか,ということを考える必要がある。

 我々はカテゴライズというもの,類似点や相違点を見出し分類するということを,実際に行っているが,一般に,言語によって明示するやり方ではカテゴライズを行っていない。なので我々が行っているカテゴライズは,異なる複数の事柄のどのような共通点に注目しているのか,を明示する作業を行うことになる(しかし言語的な抽象はどうもしっくりこないことがある)。