『ロブスター』

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 パートナーから別れを告げられたデヴィッドは”ホテル”へと送られ、45日のあいだ生活を管理される。そこでもしも新たな相手を見つけることができなければ、彼は動物に変えられてしまうのだ。その"ホテル"で人々は自らの長所をアピールし、恋愛対象との共通点を見つけようとする。

  しかし動物へと変えられたくないあまり、嘘をつく者も現れる。「鼻血をよく出す女」がいれば自分も鼻血を出すと言い、「冷酷な女」がいれば自分も冷酷を装う。デヴィッドは動物になったらロブスターに変えられたいと言うけれども、その理由は「長生き」「生殖能力」であり、自分が恋愛に積極的であると言うアピールにも思える。

 このように「恋愛相手が見つからなければ動物に変身」と言う背水の陣を敷かれた人々は、見栄を張り、虚飾し、嘘をつき、自分を偽る。

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 自らを偽ることなしに“ホテル”では恋愛相手を見つけることのできなかったデヴィッドが、逃亡した先の独身者の集団で「近眼の女」と恋に落ちるのは皮肉である。

 独身者の集団はおそらく非合法的なもので、”ホテル”の人間は独身者を狩ることによって「45日」と言う期間を延長することができる。”ホテル”で生活する人々が権力によって管理され、ダンスパーティでカップリング(メイティング)し、クラシック音楽に象徴される優雅な生活を送らされる一方、独身者のルールは「完全自己責任」であり、集団内での恋愛を禁じられ、ダンスはイヤホンをしながら、音楽は電子音楽

 独身者たちは「ビッグ・ナイト」と称して深夜に”ホテル”に侵入し、カップルの寝込みを襲う。その目的はカップルたちに不和や不信感をもたらし、引き裂くことだ。

 

 このように”ホテル”では恋愛を強いられ、独身者の集団では恋愛が禁じられるが、そのどちらにも主人公は馴染むことはない。だって我々には、他者を求めたいときもあれば、1人でいたいときもあるんだから。

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 主人公は「禁じられた遊び」がギターで奏でられる中で「近眼の女」とイチャつく。この恋愛禁止の環境で主人公が落ちる恋こそ、恋愛を強いられ自分を偽る環境で主人公の得ることができなかった「本物」ではないか?なにせ「近眼の女」は失明した後に、その事実を隠さず男へ伝えるのだから。

 もしもこの2人が、独身者の集団を抜け出し、恋愛を強いる社会に戻ったなら、その社会は、脱走したかどで2人を罰するのだろうか?「本物」の恋愛をしているのに?

 

 しかし冒頭から、男の「カップルでの共通点」への強迫的なこだわりは消えない。失明した女に合わせて自らも失明をしようと試みる。その結果やいかに?

 

 ところで「近視」に何か深い意味はあるのか?「恋は盲目」?(浅い)

 

 2点気になることがある。

①冒頭、中年の女がロバらしき動物を射殺するシーンの位置付け

②物語の語り手が「近眼の女」であること。この語りはいつどこで誰に向けた? 

 

 

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『ロブスター』を監督したヨルゴス・ランティモス監督の次回作"The Killing of a Sacred Deer"(『聖なる鹿殺し』とでも訳そうか)のトレイラー。

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 この少年は『ダンケルク』の彼ではないか!

 

ランティモス監督の出世作は『籠の中の乙女』(未見)

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