『ノクターナル・アニマルズ』

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富豪の娘のスーザンは、作家志望の貧乏なエドゥアルドと付き合っていた。母親には「いずれリッチな暮らしが恋しくなるから長続きしない」と反対されるも「私は母さんとは違う」と押し切り、結婚。しかし結局、ロマンチックなだけでは生きていけないと気づいたスーザン、「あなたは弱い」とエドゥアルドを捨て、リッチで精力的な男ハットンに乗り換える。「やっぱり母親似だ」とエドゥアルド。スーザンはさらにエドゥアルドとの間にできた子供を堕胎。エドゥアルド、ショック。

 

時は流れ、リッチな暮らしを送るスーザンとハットンとの間にもすれ違いが。破産寸前だし、なんだかしっくりきていない。さらにはハットンの浮気疑惑。もうハットンともおしまいね。

 

そんなタイミングで、エドゥアルドから小説の原稿が送られてくる。その内容は不穏。舞台はエドゥアルドの故郷テキサスで、主人公の男は深夜に妻と娘を連れて車を運転するが、チンピラに絡まれて2人をさらわれ、強姦のうえ殺される。

 

最初は「エドゥアルドを捨てた自分への復讐か?」と不安になるスーザン。娘の身(誰との娘?)が心配になり電話をかける。

 

しかし読み進めるうちに話は変わってくる。主人公は地元の警察と協力し、犯人を見つける。そして主人公は「弱いやつだ」と自分を罵倒する犯人(?)を射殺。もしかして、これって自分のことを奪ったハットンに対する復讐劇の暗喩なのでは?つまり妻と娘をレイプされ殺される(奪われる)というのが、寝取りと堕胎に相当するわけだ。

 

これは脈ありか……?スーザンは、夫のいない夜、気合の入った服装でエドゥアルドと約束したレストランへ。しかし待てども待てども彼は現れない。待てばいつか来るのか?それともやっぱり復讐か?というところで物語は終了。

 

 

・劇中劇の主人公を演ずるのがエドゥアルドと同じジェイク・ギレンホールである。これはスーザンが主人公に彼を投影したためなのか、作り手による誘導なのか、はたまたその両方なのかは不明。もし俳優が別々だったら、解釈しづらい。この辺映画ならではであり、文章ではできない。

・劇中劇の主人公の妻が、スーザンに似ているのである。

・劇中劇で道路でチンピラに絡まれた一家の横をパトカーが通り過ぎる。レイプ犯捜査の手法が強引だったこともあり、テキサスの警部補が真犯人なのではないか(ガンも嘘)という仮説を立てた。警部補、主人公のあとを追って助けに来てくれるはずなのに、主人公が目覚めると朝だったのだ。もしかして劇中劇を読み進めるとネタバレがあったのに、自分に都合よくスーザンが解釈してしまったというオチか?という疑問も。

・冒頭の曲と太った裸女たちの組み合わせがよい。冒頭の曲タイトルは”Wayward Sisters”となっている。今作の音楽を担当するのはAbel Korzeniowskiという人だけれど、力作である。序盤の「高級感と不穏さの同居する感じ」からの壮大な悲恋を思わせるドラマチックな展開(とはいえこの映画全体を要約したり、その後の展開へ滑らかにつながる音楽であるかは不明(ところで映画音楽、特にテーマ曲はストーリーを要約するようなものでなければいけないか?))

・この物語は「現在」「劇中劇」「回想」の3パートをシャッフルしたものになる。こうしてみるとドラマチックなのは「劇中劇」と「回想」だけで、「現在」ではほとんど何も起こっていない(悩ましげなスーザンが映るばかり)。ちょっと面白い。