『gifted/ギフテッド』


※12/13修正:メアリーの母(エブリンの娘,フランクの姉)の名前を「ボニー」としていましたが、正しくは「ダイアン」でした。f:id:barrynoether:20171212161137j:plain

 【あらすじ】※事前に公開された情報から読み取れること

早くに母親を失ったメアリー(マッケンナ・グレイス)は、叔父のフランク(クリス・エヴァンス*1に引き取られ生活していた。

7歳を迎える年になり、フランクに促され嫌々登校したメアリーに、数学の才能*2が発覚。

それを聞きつけたフランクの母エブリン(リンゼイ・ダンカン)は、メアリーの才能を伸ばすため彼女をフランクから引き取ろうとする*3......。

 

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監督は『(500)日のサマー』のマーク・ウェッブ監督。

「子供に才能が!」系の映画なら、最近だと『僕と世界の方程式』(2017)を思い出す。こういう映画で現われる子供の才能とはたいてい数学で、それはなぜなら他の分野における才能よりも演出のコスパがいいのだろう。小中学校での体験に基づくのか、世間的に数学というのは「頭のよさ(=才能)」と結びつけられやすい。また数学に触れた経験の少ない観客に対しては、彼/彼女らにとって未知の記号の羅列を大量に見せるだけで才能の存在を演出できる(ただし『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』などのポスターをよく見ると、円周を求める公式であるとか、sinやcosを書いただけのそこまで高等ではないものも見られる)。

 ただ、映画製作者にとって重要なのは、その才能の中身を見せることよりも、人間関係を描写することによって観客の心を動かすことなので、具体的にその才能がどんなものであるかはさして重要ではなく、コスパがよければいいのかもしれない。

 

【詳細】※分かりやすくするため、情報が登場する順序が劇中とは異なります。

メアリーの祖母イブリンはイングランド出身*4で、数学の才能があり、ケンブリッジ大学で学んだ。しかし結婚・妊娠・育児のため数学のキャリアを諦める。アメリカで生活する彼女には、キャリアを諦めたことを後悔する念があった。だから生まれた娘ダイアンに数学の才能があると分かると、数学に無関係なあらゆる事柄からダイアンを遠ざけた。「偉業には犠牲がつきもの」だと言って(親っていうのは自分が出来なかったことを子どもに実現させたがるんだなあ)。

17歳のとき、ダイアンは母に無断で近所の男の子とスキーへ行く。それを知ったイブリンは誘拐だとして司法に訴え、男の子がダイアンに接触できないようにする。恋愛もまた、偉大な才能が偉大な業績を成すためには邪魔なものだとイブリンは判断したのだ。ダイアンはしばらく意欲を失うも、やがて数学への集中力を取り戻し、母に”感謝”を述べたという。

しかしダイアンは決して、自分が幸せだとも思っていなかったし、母に感謝してもいなかった。ダイアンはミレニアム懸賞問題の1つ「ナビエ・ストークス方程式」を解いた(一般解を見つけた)にもかかわらず、公表を控えた。そして弟のフランクに証明を託し、「エブリンが死んだのちに、証明を公表するよう」に頼んだのだ(数学における業績への自信と、母への憎しみとの同居が察せられる)。

やがてダイアンはどこぞの男とのあいだに娘メアリーを作り、自殺。死ぬ間際、メアリーを連れてフランクを訪れ何か話をしようとしたが、フランクはデートを優先し、彼が帰宅した頃にはもう風呂場で死んでいた(手首を切ったのだろうか?)。フランクは「もしもあの時自分が姉の話を聞いていれば」という思いを持ち続けたのだろうか。

証明の存在は伏せられたため、イブリンはダイアンが一般解を求められないまま、中途半端に死んだのだと思い続けた。フランクは法的な手続きを踏まないままダイアンを引き取り、ボストン大学の哲学准教授をやめ、田舎へ隠遁し(フランクはイブリンに対して反感を持っていたのだろうか?その理由は?という疑問に答える説明はあまりない)、ボート修理で生計を立てた。メアリーの里親を探すことも考えたが、メアリーが可愛かった。

以上が、裁判を通して判明した、アドラー一族の過去である。

 

映画自体は、次のような出だしで始まる。 

メアリーは成長するにつれて祖母や母同様に数学の才能(gift)を発揮。フランクは彼女に才能があることを知りながらも、ダイアンのように不幸になることを避けたかった。なので敢えて才能を伸ばそうとはしなかったし、学校では普通なフリをすること(空気を読み、周囲と”協調”すること(違和感があっても指摘しないこと))を命じた(よくよく考えてみると、ダイアンが不幸だったのはその数学の才能ゆえではなく、数学のためだけに人生を捧げ、ほかのことをしないように強いられたからで、決して社会的協調性の欠如だとか、孤立だとかではない。要は、恋人とか友達と共に過ごす機会を奪われたのだ。その観点からは、友人(が作れるような集団)と共にメアリーを過ごさせようというフランクの意図は正しい。けれど、集団内での生活がダイアンに必要だったからといって、数学がダイアンの不幸の直接的な原因となったわけではないから、メアリーが数学的才能を発揮しないようにするとか、集団生活の中でしばしば経験させられる理不尽さに合わせるよう強いるのが正解だとは言えない。数学の才能のために、メアリー本人が望む/必要とするものを犠牲にすることが問題なのだ。だから物語の結末である「数学の勉強をしながら友人との時間も持つ」というのは、エブリンの子育て方針とフランクの子育て方針、両者の問題点を解決しながら両者の良いところを取ってきた両立策である)。

けれどもメアリーの才能を隠すことはできなかった。算数の授業中、メアリーは2桁×3桁の暗算を数秒で行い、教師を驚かせる。実はすでにメアリーは、分厚い代数学の教科書を読破していた。「微分方程式が好き」というセリフまである。さらにメアリーは暴力沙汰の問題を起こす(ただし「同級生が作った精巧な動物模型を壊した上級生を懲らしめるため」という理由があった)。彼女の才能と周囲との協調の難しさから、学校側はギフテッド向けの学校に移るように薦める。だがフランクは「普通に育てたい」と拒否。

 

そんなタイミングで、フランクとメアリーの住処をエブリンが発見。エブリンはメアリーを手元に置いて、英才教育を施そうと裁判を起こす。

エブリン側の主張はこうだ。フランクは保険に入っていないし、収入も低く、メアリーには自分の部屋もない。 今の学校で教えられている内容はメアリーにとってレベルが低すぎるし、暴力問題も起こすので、メアリーの才能を育てるには不十分である。収入の多いエブリンが手元に置き、ギフテッド専門の学校に通わせるべきであると。

フランク側は反論するが、 フランクの弁護士は若干形成が不利だと見て、エブリン側の提案した妥協案を飲む。その内容とは、フランクの自宅から通いやすい里親のもとでメアリーを育てるというもの(この辺イマイチ釈然としない)。だがメアリーが可愛がっていた猫が里子に出されたことから、猫アレルギーのエブリンが里親のもとでメアリーを教育していることを知る*5

*1:キャプテン・アメリカの人。

*2:予告編に登場するのは、暗算の才能。それからガウス積分なんかをやったり。

*3:こういう展開では、孤独な男と子供がせっかく仲良し(観客の同情を引く)でいるのに、養育の面で裁判に勝利しやすい金持ちの大人が登場し、2人の仲を引き裂こうとする流れになるので、観客は2人を応援するところまでが定番である。例:『クレイマー・クレイマー』

*4:この設定には、厳格なイブリンと、言葉遣いの荒い問題児メアリーとを対比的に描く効果があるのではないかと思う。

*5:あの片目の猫フレッドの存在が脚本上で要請されるのは、このためである(!)))。そこでフランクは里親の元を訪れ、メアリーを回収(法のもとでの合意に反する行為だが構わないのだろうか)。さらにダイアンが遺したナビエ・ストークス方程式の求解法の存在をエブリンに明かす(娘が業績を残したことを知ったエブリンは満足したのだろうか?)。ダイアンの業績は、公開されることになった。

メアリーは(大学か高校で?)年上に混ざって高度な教育を受けながら、元々の小学校で友達と遊ぶ日々を送り、一件落着((上記の考察から、確かにこれはメアリーにとって理想の生活かもしれないが、それに至る過程がどうも雑である